ネタバレ! 小説と映画の感想‐青葉台旭

小説と映画のネタバレ感想が書いてあります。メインのブログはこちら http://aobadai-akira.hatenablog.com/

演歌について

前の記事
吉幾三『俺ら東京さ行ぐだ』について
の続き。

前の記事で、吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』について、私は以下の二つの点に注目した。

  1. いわゆる七・五調の歌詞であり、そのリズムは百人一首カルタの読み手が上の句を読み上げるリズムを2倍速にしたものである。また、それは『ねぶた祭』の『ラッセーラ』のリズムと基本的に同じである。
  2. 現代の大衆音楽の多くが採用している『偶数番目の拍にアクセントのある4拍子』のリズムを採用しているにも関わらず、歌唱のアクセントは小節の頭にある。

その後、気づいた事があるので、補足しておきたい。

まず、1番目の『百人一首の読み上げを2倍速にしたリズム』に関して、正確には、速度が2倍になっているのではなく、『音符を半分に圧縮して、2つの小節を1つにまとめた』ものだと気づいた。
つまり、8分音符を16分音符に圧縮し2分音符を4分音符に圧縮し、小節全体の長さを半分にして2小節を繋げて1小節にしている。

2番目の『偶数拍にアクセントのある4拍子』に乗せた『小節の頭にアクセントのある歌唱法』に関しては、『奇数拍にアクセントのある歌唱法』とも言えると、後で気づいた。
そして、この曲は大きく『メロディー部分』と『ラップ部分』に分けられ、前奏・間奏・『俺ら、こんな村〜』というメロディー部分においてはドラムによる『偶数拍強調4拍子』が採用されていて、『テレビも無ぇ〜』で始まるラップ部分では、ベースによる『奇数拍強調4拍子』が採用されている、という事にも気づいた。

以上の点を踏まえた上で、「では演歌全般に関して、どういう事が言えるのだろう?」と思った。
それで、spotify を使って演歌の曲をスコップしてみた。

(注)スコップとは、小説投稿サイト『小説家になろう』ユーザーたちの間で使われている、いわゆるネット・スラングだ。
膨大な数の投稿小説のリストから、検索ワードなどを駆使して自分の目的や好みに合った小説を探す事を言う。
また、膨大な数の小説の中から未だ注目されていない良作品を見つけ出す人たちの事を『スコッパー』と呼ぶ。 大地にスコップで穴を掘って、埋もれたダイヤの原石を探すようなイメージだろう。

まずは有名どころを調べてみる。

グーグルで『演歌』と検索して上位にあった曲をいくつか調べてみる。
注目するのは、

  1. 七・五調か
  2. 『偶数拍アクセントの4拍子』リズム、かつ、『小節の頭にアクセント』歌唱法か

以上の2点だ。

まずは『津軽海峡・冬景色
1977年 石川さゆり

  1. 七・五調か→基本は七・五だが、六音もある。
  2. 偶数拍強調リズムかつ頭強調歌唱法か→〇

天城越え』 1986年 石川さゆり

  1. 七・五調か→〇
  2. 偶数拍強調リズムかつ頭強調歌唱法か→〇

『さざんかの宿』 1982年 大川栄策

  1. 七・五調か→〇
  2. 偶数拍強調リズムかつ頭強調歌唱法か→偶数拍で『カッ』という音が聞こえる。しかし、歌は1拍目で休んで2拍目から始まる。

『酒よ』 1988年 吉幾三

  1. 七・五調か→〇
  2. 偶数拍強調リズムかつ頭強調歌唱法か→〇

北国の春』 1977年 千昌夫

  1. 七・五調か→七音・五音も多いが、四音も多い。
  2. 偶数拍強調リズムかつ頭強調歌唱法か→出だしの『白樺』は休符始まりだが、基本的には頭強調。リズムも偶数拍を『カッ』で強調させている。

演歌とは何か

俺ら東京さ行ぐだ』を聞いて、『和歌のテンポを速くした七・五調』と『偶数拍強調の4拍子』に『1拍目強調の歌唱法』という特徴を見つけ、ひょっとしたらこれが『演歌』の規定かもしれないと仮説を立ててみた。

そういう傾向はあるものの、それが演歌を定義づける絶対の要素……という訳でもないようだ。

もう少しスコップしてみよう。

藤圭子発見。

スコップしてたら、藤圭子に行き当たった。
とりあえず、聞いてみる。

いや、これ、すげぇな。

何なんだよ、この声は。

声の凄さだけでここまで感動したのは人生で初めてかもしれん。

飛び抜けてるよ。

なんか、もう胸が一杯なので、今日はこれで記事を締めます。

吉幾三『俺ら東京さ行ぐだ』について

吉幾三俺ら東京さ行ぐだ』について

今日、気づいた事。

その1

吉幾三俺ら東京さ行ぐだ』の『テレビも無ぇ〜』で始まる部分、いわゆるラップ部分のリズムは、百人一首カルタを読む時のリズムを2倍速にしたものである。

つまり、五・七・五のリズムである。(正確には五・五・七・五)

そして、それは、青森県ねぶた祭の跳人(はねと)のリズム(アニメ映画『アキラ』で使われたラッセーララッセーララッセーラッセー、ラッセーラというリズム)と同じである。

すなわち、ねぶた祭の『ラッセーララッセーラ』は、百人一首のリズムを2倍速にしたものである。

その2

俺ら東京さ行ぐだ』のアクセントは、すべての行で、その頭にある。

いっけん『無ぇ〜』で脚韻を踏んでいるように思えるが、実際の吉幾三の歌い方は、徹底的に『行頭アクセント』であり、末尾の『無ぇ〜』は、むしろ力を抜いて歌っている。

そもそも日本語は、必ず述語が文の末尾に来る構造をしている。
俺ら東京さ行ぐだ』のような『無い無いづくし』の歌詞を作れば、必ず末尾は『無ぇ』で揃ってしまう。
ただし一ヶ所だけ『ぐーるぐる』と『一度来る』では意図的に韻が踏まれているようにも思える。

現代の大衆音楽では『偶数番目の拍にアクセントがある、4分の4拍子リズム』が多用される。
8分音符で刻むとすれば『ブン、ブン、チャ、ブン』『ブン、ブン、チャ、ブン』である。
このリズムは、脚韻と相性が良い。

仮に吉幾三のように行頭にアクセントを付けて歌いたければ、以下の2つのチャレンジが必要であろう。

  • 脚韻ではなく、頭韻を揃える。
  • 新たに小節の頭にアクセントのあるリズムを開発する。

俺ら東京さ行ぐだ』を実際に聞いてみて、この曲には、『ブン、ブン、チャ、ブン』という『偶数番目の拍を強調した4拍子』と、吉幾三の『行の頭を強調した歌唱法』を共存させるために何らかの編曲上のテクニックを使っていると感じたのだが、どうだろうか?

最近、詩について時々考える事がある。それも、何らかの韻律を持った定型詩について考える。
詩に型があるのは、古代において詩が特定のリズムを持って歌われていたからだろう。
つまり、詩は文学であると同時に音楽でもあったのだろうと思う。

私は、音楽に関する知識も才能も、詩に関する知識も才能も、どちらも持ち合わせていないが、こうして専門外の事をあれこれ考えてみるのは、良い頭の体操になる。

今日(16日)の東京は本当に暖かかった。

注:以下の文章は、1月16日の日記です。

-----

今日の東京は本当に暖かかった。

ハーフコートを着て外出したら、汗をかいてしまった。
あとでウェブ検索したら、東京の最高気温18度。
そりゃ、ハーフコートじゃ暑いはずだ。

『暑さ寒さも彼岸まで』という言葉があるが、もう東京の場合は『寒さも成人式まで』でも良いんじゃないだろうか、と、そんな風に思える陽気だった。

気温が高くなった分、空気の透明度が下がっていた。
東京では、空気の美しさと気温が反比例する。気温が低く雲一つなく晴れた日の空気が一番美しい。
暖かくなると僅かではあるが空気に濁りが出てくる。
それでも、これほどの大都市でこれほど空気が綺麗な場所は、世界を見渡しても東京以外に無いと思う。